中国のプロフェッショナルAV(ProAV)市場は、グローバル標準とは一線を画す独自の進化を遂げており、特に「Physical AI」の実装や大規模なハイブリッド・ルーティング技術において、世界をリードする存在感を放っています。2026年に北京で開催された「InfoComm China」の展示会では、その圧倒的な技術力と、国内需要に根ざした「自主可控」戦略がもたらす革新的な影響が、多くの関係者の注目を集めました。
グローバル市場と一線を画す中国ProAVの「独自の生態系」
2026年初頭にバルセロナで開催されたISE(Integrated Systems Europe)では、AVとITの融合、そして放送とライブエンターテインメントが交差するグローバルなエコシステムが提示されました。しかし、北京のInfoComm China会場は、これとは全く異なる独自の活気に満ちていたと報じられています。欧米の主要ブランドが市場を牽引するグローバルなProAV市場とは異なり、中国市場は巨大な国内需要を背景に、自己完結型の急速な進化を遂げているのが特徴です。
中国のProAV市場は、その巨大な内需と政府の強力な支援により、独自のサプライチェーンと技術開発体制を確立しています。これにより、グローバル市場のトレンドに必ずしも追従せず、自国の具体的な課題やニーズに応じたソリューションを優先的に開発・実装する傾向が見られます。この「独自の生態系」は、特定の技術分野において、グローバルスタンダードを凌駕するような革新的なアプローチを生み出す原動力となっているのです。
国内需要が牽引する技術革新
中国のProAV市場の成長は、スマートシティ、大規模公共交通インフラ、教育機関、企業、エンターテインメント施設など、あらゆる分野での大規模な投資に支えられています。これらのプロジェクトでは、膨大な数のデバイスを統合し、高解像度の映像をリアルタイムで処理し、低遅延で情報を伝送する能力が求められます。このような特殊かつ大規模な要求が、中国メーカーに独自の技術開発を促し、結果としてPhysical AIや大規模ルーティングといった分野での先進的なソリューションが次々と生まれています。
「Physical AI」が概念からインフラへ:現場での実装事例
近年、日本のテック業界やAV業界では、「AIが物理空間にどのように作用するか」、すなわち「Physical AI」の概念が盛んに議論されています。しかし、InfoComm Chinaの会場で明らかになったのは、中国市場においてPhysical AIはもはや抽象的な概念ではなく、既に実装を終え、現場のインフラとして機能しているという事実です。
例えば、HYNAMIC(嗨动视觉)が展示した巨大なハイパーコンバージド筐体「TAISHAN」は、「全AI・真智能 分布式指揮(フルAI・真のスマート分散型コマンド)」と明記されていました。HYNAMICはLEDプロセッサー大手Novastarの子会社であり、マトリクススイッチャー、メディアサーバー、音響機器までを網羅する広範な製品ラインナップを展開しています。このシステムは、AIが複数のハードウェアデバイスを統合的に制御し、自律的な運用を可能にする、いわば「コマンドセンター」の役割を担います。これにより、大規模なイベント会場や監視センターなどにおいて、人間による介入を最小限に抑えつつ、効率的かつ精密な空間制御を実現します。
また、DIGIBIRD(淳中科技)のブースでは、「AI音声文字起こし」や「AIセントラルコントロール」といった機能が、指揮統制室向けのソリューションとしてハードウェアと完全に統合されていました。これは、単にソフトウェア上でAI処理を行うだけでなく、AIが直接ハードウェアの挙動を制御し、物理空間における情報収集、分析、そしてそれに基づく機器の動作を最適化するシステムです。例えば、会議中の音声データをリアルタイムで文字起こしし、その内容に基づいてプロジェクターの表示を切り替えたり、照明を調整したりといった、複合的なタスクをAIが自律的に実行します。
さらに、セキュリティ大手のHIKVISION(海康威视)の展示では、このAI実装がより身近な空間へと拡張されている様子が示されました。「キャンパス放送エリア」のデモンストレーションでは、教室内を俯瞰するAIカメラとネットワークスピーカー、そして統合プラットフォームが連動し、空間全体をデジタルで管理・最適化するソリューションが実演されていました。AIカメラが教室内の状況をリアルタイムで分析し、例えば生徒の集中度が低下していると判断した場合、ネットワークスピーカーから自動で注意喚起のアナウンスを流したり、照明を調整したりするといった運用が可能です。これは、AIがカメラ、マイク、巨大なLEDウォールといった物理的なハードウェアの挙動を直接支配し、空間の状況に応じて最適なアクションを自律的に実行するシステムが、既にパッケージ化され、当たり前のように導入されていることを示しています。
中国のProAV市場は、AIを単なるバズワードとしてではなく、「AIを使って物理空間の機器をどう無人化・最適化するか」という実務的なフェーズに突入しています。この背景には、政府主導の大規模なインフラ投資、監視社会におけるデータ収集の容易さ、そして効率化を追求する文化が強く影響していると考えられます。Physical AIは、エネルギー管理、セキュリティ、交通管制、スマート製造など、多岐にわたる分野でその可能性を広げており、今後さらに多くの応用事例が登場することが予想されます。
大規模ハイブリッド・ルーティングの極限:圧倒的スケールと強靭なインフラ
Physical AIによる空間制御を支えるインフラも、中国ProAV市場では「いかに巨大なシステムを、高解像度のまま低遅延で処理するか」という次元で進化しています。これは、スマートシティの監視センター、大規模交通ターミナル、政府機関の指揮統制室など、中国特有の超大規模プロジェクトで求められる要求に応えるためです。
InfoComm Chinaの会場で特に目を引いたのは、大視(Mviewtech)のブースに展示されていた「MM8000 星辰 8K拼接」と名付けられた巨大なビデオウォールコントローラー(マトリクス)のラックです。無数のI/Oカードが挿入されたその筐体は、8K解像度の映像を複数系統同時に処理し、巨大なビデオウォールに表示する能力を持っています。これは、例えば多数の監視カメラ映像を一つの画面に集約し、リアルタイムで分析・表示するといった、スマートシティの監視センターで求められる膨大なトラフィック処理能力を体現しています。
さらにその「極限」を見せつけていたのが、CREATOR(快捷)のブースに展示されていた巨大な黒いラックです。そこには太い光ファイバーの束が這い回り、「1280路(1280チャンネル)」という驚異的なスペックが掲げられていました。「非IP 光纤坐席管理系统(非IP 光ファイバーKVMシステム)」として展開されるこのシステムは、超巨大な交通ターミナルや指揮統制室といったミッションクリティカルな環境において、一切の遅延と帯域不足を許さない強靭なハードウェア・ルーティングの結晶です。KVM(Keyboard, Video, Mouse)システムは、複数のコンピューターを一台のキーボード、モニター、マウスで操作するためのもので、特に管制室などではリアルタイム性と信頼性が極めて重要となります。
グローバル市場ではAV over IP(IPネットワーク上でのAV信号伝送)化が進む一方で、中国のミッションクリティカルな巨大施設においては、FPGA(Field-Programmable Gate Array)によるハードウェア処理と光ファイバーを用いた、いわば「力技」とも言える圧倒的な物量でインフラを構築する戦略が採られています。FPGAは、特定の処理に特化した回路をプログラムできるため、IPネットワークを介するよりもはるかに低遅延かつ高帯域でのデータ処理が可能です。この規格外の実装力とスケール感こそが、中国ProAV市場の恐るべき強みであり、今後、同様の要求を持つ他国の市場にも影響を与える可能性を秘めています。
「自主可控」戦略とグローバル標準の融合
InfoComm Chinaのもう一つの顕著な特徴は、出展メーカーのパワーバランスです。会場の大部分を占めていたのは、国内の熾烈な競争の中で成長した中国の地場メーカーでした。PTZカメラを展開するTelycam(特力科)のブースに掲げられた「国産高端自主可控(国産ハイエンド・自主可控)」という言葉は、中国のProAV産業全体の方向性を示しています。
この「自主可控」とは、あらゆるハードウェアやソフトウェアを自国技術で開発し、サプライチェーン全体を完全にコントロール可能にすることを目指す国家戦略です。これは、米中貿易摩擦や地政学的なリスクが高まる中で、技術的な自立と国家安全保障を確保するための重要な柱となっています。そのため、カメラやマイクといった人間とのインターフェースとなる製品から、複雑な映像処理システムに至るまで、国産化が徹底されている状況が見られます。展示会では、10社以上ものメーカーがグースネックマイクを扱っているなど、特定のニッチ市場においても激しい国内競争が繰り広げられていることが伺えました。
このような競争環境は、製品の品質向上とコスト削減を促し、結果として特定のニッチ領域や最先端技術において、既に「世界トップ」を自称し、実態を伴っている企業が多数存在するまでになっています。例えば、LOPU(洛普)のブースには「LED DOME全球市占率第一(LEDドーム世界シェアNo.1)」と誇らしげに掲げられ、中国国内42ヶ所、海外16ヶ所に及ぶ導入実績マップが展示されていました。さらに、VISTAR(辰显光电)のブースでは、「全球首款8K TFT基Micro-LED(世界初 8K TFTベースMicro-LED)」という次世代の超大型ディスプレイが堂々とデモンストレーションされており、中国企業が単なるコピー製品にとどまらず、独自の研究開発で世界をリードする技術を生み出していることを示しています。
しかし、この「自主可控」戦略は、完全に閉じた「ガラパゴス化」を意味するものではありません。会場には、AUDINATE(Dante)やGENELECといったグローバルブランドも単独ブースを構えていました。これは、中国市場が、映像処理やKVM、会議端末といった「国産化」が重要な領域では独自に進化させつつも、Danteのような業界標準プロトコルや、ノウハウの蓄積が必要なハイエンド音響についてはグローバルスタンダードを積極的に取り入れるという、極めて合理的なハイブリッド戦略を採用していることを示唆しています。この柔軟かつ戦略的なアプローチが、中国独自の強固なProAVエコシステムを形成し、その競争力を高めている要因と言えるでしょう。
中国ProAV市場の独自進化が世界に与える影響
InfoComm China 2026の視察を通じて得られる最も重要な教訓は、日本のProAV業界が、この中国の独自進化を客観的に認識し、その影響を冷静に分析する必要があるということです。
中国市場で培われたPhysical AIの社会実装、8Kを前提とした巨大な映像ルーティングとクラウドの融合、そして「自主可控」の下で構築された強靭なエコシステムは、単なる国内市場の動向にとどまらず、今後グローバル市場へ本格的に波及していく可能性を秘めています。中国メーカーが、その圧倒的な生産能力とコスト競争力を背景に、これらの先進的なソリューションを世界市場に展開し始めた場合、既存のグローバル企業や市場構造に大きな変革をもたらすことは避けられないでしょう。
特に、スマートシティ、大規模インフラ、公共安全といった分野では、中国のPhysical AIと大規模ルーティング技術は、他国の追随を許さないレベルに達している可能性があります。これらの技術は、効率的な都市運営、災害対応、セキュリティ強化など、現代社会が直面する多くの課題に対する強力なソリューションを提供します。そのため、日本を含む世界各国の政府や企業は、中国のProAV技術を無視することはできず、その導入や連携を検討せざるを得ない状況が生まれるかもしれません。
また、グローバル企業にとっては、中国市場の動向を正確に把握し、自社の戦略に組み込むことがより一層重要になります。単に製品を販売するだけでなく、中国の技術パートナーとの協業や、中国市場のニーズに合わせた製品開発、あるいは中国企業との競争に打ち勝つための差別化戦略が求められるでしょう。一方で、中国企業がグローバル市場で存在感を増す中で、技術標準や知的財産権に関する新たな課題も浮上する可能性があります。
このような状況下で、日本のProAV業界は、自社の強みを再認識し、ニッチな分野での専門性を高める、あるいは中国企業との協業を通じて新たな価値を創造するなど、多角的な戦略を検討する必要があります。北京の展示会は、その現実を冷静に見つめ直し、今後の業界の方向性を深く考察する貴重な機会を与えてくれたと言えるでしょう。
まとめ
InfoComm China 2026は、中国ProAV市場が独自の進化経路を辿り、Physical AIの現場実装、超大規模なハイブリッド・ルーティング、そして「自主可控」戦略を通じて、世界のProAV業界に新たな潮流をもたらす可能性を示唆しました。グローバルスタンダードとは異なるアプローチで培われたこれらの技術とソリューションは、今後、国際市場における競争環境を大きく変化させることでしょう。日本のProAV業界を含む各国の関係者は、この中国市場の動向を客観的に分析し、今後の技術開発やビジネス戦略にどのように反映させていくべきか、深く考える時期に来ています。
情報元:PRONEWS

