ゼンハイザーが示すワイヤレスオーディオの未来:EW-DXとSPECTERAの革新

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プロフェッショナルオーディオの世界で常に最先端を走るゼンハイザーが、ワイヤレスオーディオ技術の現在と未来を提示するイベント「プロフェッショナルワイヤレス・イノベーション 2026」を開催しました。このイベントでは、次世代デジタルワイヤレスシステム「EW-DX」の新たな1.2GHz帯対応モデル、ワイヤレスシステム管理プラットフォーム「SoundBase」、そして革新的なWMAS技術を搭載した「SPECTERA」の3つの主要技術が紹介され、多チャンネルワイヤレス運用の効率化と可能性を大きく広げる展望が示されました。

次世代デジタルワイヤレスシステム「EW-DX」に1.2GHz帯モデルが登場

ゼンハイザーは、プロフェッショナル向けのナローバンドワイヤレスシステムとして、フラッグシップモデルの「Digital 6000」、ミドルレンジの「EW-DX」、そして小規模システム向けの「EW-D」を展開しています。これまでEW-DXはホワイトスペース帯を利用するモデルが中心でしたが、今回新たに1.2GHz帯に対応したモデルが加わりました。これにより、ユーザーはより多様な周波数環境での運用が可能となります。

EW-DXシステムは、ワイヤレスマイクシステムとして業界最高水準の性能を誇ります。具体的には、134dBという広大なダイナミックレンジと、わずか1.9msecという超低遅延を実現しており、音源の細部まで忠実に捉え、リアルタイム性に優れたパフォーマンスを提供します。しかし、このシステムの最大の特長は、複数のチャンネルを運用する際に発生しやすい干渉波を効果的に抑制するための、独自の「等間隔配置」技術にあります。この技術により、複雑な周波数計算が不要となり、セットアップの簡素化と安定した運用が実現します。

運用可能なチャンネル数も非常に多く、スタンダードモードでは最大32チャンネル、帯域を効率的に圧縮するLD(Low Delay)モードでは最大63チャンネルもの同時運用が可能です。これは1.2GHz帯の全帯域が利用できることを前提とした数値ですが、大規模なライブイベントや放送スタジオでの多チャンネル収録において、非常に強力な選択肢となるでしょう。

プロの現場が語るEW-DXの導入メリット

イベントでは、株式会社WOWOWの技術センター設備プロダクトユニット チーフエンジニアである栗原里実氏が登壇し、すでにEW-DXのホワイトスペース帯モデルを導入した経験について語りました。栗原氏は、複数の競合製品と実運用を想定した厳密な比較検証を行った結果、「費用対効果」「音質バランス」「運用性」の三つの観点からEW-DXが最も優れていると評価しました。特に、将来的な中継用機材の更新においても、スタジオ機材との操作性や外観の統一性を考慮し、同じEW-DXシリーズの1.2GHz帯モデルの導入を検討していると述べました。また、中継用途では必要なチャンネル数だけを持ち運べるポータビリティが重要であるため、ゼンハイザー公式のポータブルケース、通称「おかもち」の登場に期待を寄せているとのことでした。

EW-DXの多様な製品構成

EW-DXの製品構成は、受信機と送信機で構成されます。受信機には、ハーフラックサイズの2チャンネルモデルと、1Uラックサイズの4チャンネルモデルの2種類が用意されています。

  • ハーフラックモデル:アナログ出力モデルに加え、Dante拡張用オプションが追加されたモデルも選択可能です。アンテナ入力は備えていますが、信号を分配する際には別途スプリッターが必要となります。
  • 1Uラックモデル:アナログ出力とDante出力の両方を標準で搭載しており、アンテナにはRFアウト機能も備わっているため、最大4ユニット(16チャンネル)までスプリッターなしでカスケード接続できる点が大きな特長です。

送信機は、用途に応じて3つのタイプが提供されています。

  • ハンドヘルドマイク:縦型スライドスイッチ付きモデルとスイッチなしモデルの2種類があり、利用シーンに合わせて選択できます。
  • ボディパック:3.5mmまたはLEMOコネクタに対応し、ミュートスイッチは音声ミュート、電波ミュート、機能なしの3タイプにプログラム可能です。E-inkディスプレイを搭載しているため、電源オフ時でも出演者名などの情報を確認でき、装着ミスを防ぐのに役立ちます。
  • テーブルトップ送信機:XLR 3ピンまたは5ピンのグースネックマイクを取り付けて使用するタイプです。プログラム可能なミュートスイッチを備え、CHG 2Wによるワイヤレス充電に対応しており、最大11時間の連続使用が可能です。

メーカー横断でワイヤレスシステムを管理するクラウドプラットフォーム「SoundBase」

ワイヤレスシステムの運用において、周波数管理は常に大きな課題です。特に複数のメーカーの機材が混在する現場では、それぞれ異なる管理ツールを使用する必要があり、非効率性が問題視されていました。この課題を解決するために登場したのが、米国Show Code Corporationが開発し、2024年にゼンハイザーが出資して連携を強化しているクラウドサービス「SoundBase」です。

SoundBaseは、イベント会場やコンサートホールの電波状況をスキャンし、世界の主要メーカーのワイヤレスシステムの周波数割り当てを自動化し、一元的に管理する画期的なサービスです。これにより、メーカーや機種ごとに異なるツールを使い分ける手間が解消され、ワイヤレスシステムの管理ワークフローを一つに統合することが可能になります。

クラウドネイティブであるため、ローカルPCの性能に依存せず高速な演算処理を実現し、チーム内でのリアルタイムな情報共有を可能にします。さらに、スキャンデータを共有することで、他のユーザーが同じ場所を利用する際に参照できるなど、周波数プランニングの効率化にも貢献します。

SoundBaseがもたらす運用の効率化

イベントでは、PA会社dcq.代表の西脇史朗氏が登壇し、実際にSoundBaseを運用している立場からそのメリットを語りました。dcq.では2024年初頭からツアーで本格的な運用を開始しており、セッションを共有するだけでステージ担当者が常に最新のプランを確認できるようになったと報告しました。従来のPDFファイル共有では発生しがちだった「更新漏れ」や「古い資料の参照」といったミスがなくなり、全ての関係者が確実に最新情報にアクセスできるようになった点は、現場のワークフローを劇的に改善したといいます。

「ステージ担当者も最初は『これなんですか?』という反応だったんですけど、使い始めるともうPDFどこにありますかと聞かれることはなくなりますし。これまでみんな多分資料をDropboxとかGoogleドライブで共有していると思うんですけど、共有のミスで『実は更新できてませんでした』もないですし、確実に『これが今回のプランだよ』ってそこで見れるっていうのが良かったですね」

dcq. 代表 西脇史朗氏

SoundBaseは、問題が発生した場合でも全ての情報をタイムラインで追跡できるため、後から何が起きたかを詳細に確認できます。最近ではブラウザでのモニタリング機能も追加され、Wi-Fi環境があればスマートフォンやタブレットからバッテリー残量やRF強度を遠隔で確認できるようになりました。西脇氏は、受信機を直接見られない現場でSoundBaseのモニタリング機能を使って遠隔監視を行った際、メーターの動きが驚くほど滑らかで、全く問題なく運用できたという具体的な事例を紹介しました。無料版でも特定メーカー1社分であればモニタリングが可能であり、頻繁なアップデートによって継続的に機能が向上しています。

SoundBaseは、単に優れた機材を提供するだけでなく、プロの現場で複雑化するワークフローの課題を解決し、運用全体の効率を高めるソリューションとして、その価値を発揮しています。

多チャンネル運用の未来を拓く「SPECTERA」とWMAS技術

イベントの最後に紹介されたのは、世界初のWMAS(Wireless Multichannel Audio System)双方向マルチチャンネル伝送ワイヤレスシステム「SPECTERA」です。近年、ライブイベント市場は著しい成長を遂げており、2019年のチケット売上高6,295億円に対し、2025年には推定8,100億円と約2割の増加が見込まれています。これに伴い、ワイヤレスマイクの運用に関する連絡件数は同期間で3割増加しており、市場規模の伸びを上回るペースでワイヤレスチャンネル数の需要が増大していることが示されています。

この背景には、1つの公演で使用されるワイヤレスチャンネル数の増加があります。例えば、10人組のパフォーマンスグループの場合、ハンドマイク、ヘッドセット、インイヤーモニター(IEM)を合わせると、合計で30チャンネル以上が必要となることも珍しくありません。このような多チャンネル運用は、周波数計算、機材のラッキング、運搬コストといった運用負荷を大幅に増大させ、プロの現場に大きな負担をかけています。

これらの課題を根本的に解決するため、ゼンハイザーはWMAS技術を核とした新システム「SPECTERA」を開発しました。この技術開発は2013年にスタートし、10年以上の歳月を経て2024年9月に製品化された、まさに労作と言えるでしょう。

WMAS(Wireless Multichannel Audio System)の革新性

WMASは、従来のナローバンド伝送方式とは一線を画する技術です。従来のワイヤレスシステムは、狭い帯域の1チャンネルで一方向の信号を伝送するため、チャンネル数が増えるほど運用管理が複雑になります。これに対しWMASは、日本のテレビ放送1チャンネル分に相当する6MHz幅の広帯域をまとめて使用し、マイクからの音声、インイヤーモニター(IEM)への音声、そしてコントロール信号を双方向で同時に伝送します。これにより、限られた周波数帯域内で、従来方式よりもはるかに多くのチャンネルを効率的に運用することが可能になります。

WMASが広帯域をまとめて使用することで多チャンネル伝送を実現する秘密は、複数の先進技術の組み合わせにあります。

  • TDMA(Time Division Multiple Access):時間軸を微細な「タイムスロット」に分割し、各スロットに異なるオーディオ信号を割り当てる技術です。これにより、単一の電波で複数の音声チャンネルを同時に伝送します。また、信号を発しない「サイレントスロット」を設けることで、動作中の他の電波や干渉を検知し、安定した運用を可能にします。
  • TDD(Time Division Duplex):TDMAで分割されたタイムスロットを、送信(マイク)用と受信(IEM)用に割り振る技術です。これにより、同一周波数帯での双方向音声伝送を可能にし、パフォーマーはマイクとIEMを同時に使用できます。
  • OFDM(Orthogonal Frequency Division Multiplexing):6MHzの広帯域の電波を、多数の狭帯域な「サブキャリア」の集合体として扱う技術です。これにより、特定の周波数で発生する干渉や減衰(フェージング)の影響を受けにくくし、受信安定性が格段に向上します。結果として、最小1台のアンテナで広範囲をカバーできるようになります。

SPECTERAの多様な運用モードと構成

WMAS技術を用いたSPECTERAでは、現場で求められる音質、遅延、Mono/Stereoの違い、伝送範囲といった条件に応じて複数の運用モードを設定できます。イベントでは、Raw Low Latency、Live Link Density、Max Link Densityの3モードに切り替えて音質や遅延を確認できるデモが行われました。

筆者が実際に試聴した限りでは、Raw Low LatencyからLive Link Densityモードまでは、音質も遅延もほとんど違いを感じませんでした。プロの演奏家や歌手など、ライブパフォーマンスの当事者であればわずかな違いを感じるかもしれませんが、一般的なリスニング環境ではその差はごくわずかです。しかし、Max Link Densityモードになると、音質は維持されるものの、生声とPA音との間にわずかな遅延のズレが聞こえるようになりました。これは、より多くのチャンネルを伝送するために帯域を最大限に活用した結果であり、用途に応じたモード選択の重要性を示しています。

製品としてのSPECTERAは、1Uサイズの送受信装置である「ベースステーション」が中心となります。このベースステーションは4系統のアンテナポートを持ち、リダンダント対応のDante出力を標準装備しています。さらに、オプションスロットを2系統備えており、MADIのオプティカルまたはコアキシャルポートを増設することも可能です。

注目すべきは、専用の「ボディパック」です。このボディパックは、1台でワイヤレスマイクとIEMの送受信を同時に行えるため、パフォーマーはこれまで必要だった2つのボディパックを1つに集約できます。これは、ステージ上のパフォーマーにとって大きな負担軽減となり、エド・シーランの「The Loop」ツアーでもSPECTERAが実際に使用されたことが紹介されました。

アンテナは、ベースステーションからLANケーブル(CAT5e以上)で接続され、PoE(Power over Ethernet)給電で動作します。これにより、ロス計算やアンテナブースターが不要となり、シンプルな配線で設置が可能です。ただし、TDMA方式の厳密な時間同期のため、ベースステーションとアンテナはダイレクトに接続する必要があり、途中にネットワークスイッチを挟むことはできません。

日本におけるWMAS技術認可の現状と展望

この革新的なWMAS技術は、ヨーロッパを中心に北米、南米など53カ国で認可が広がっていますが、残念ながら日本ではまだ認可されていません。今回のイベントでのデモは、特別に許可申請をして使用可能となったものです。

日本における技術認可の見込みについては、「特定ラジオマイク現状報告」と題して登壇した一般社団法人 特定ラジオマイク運用調整機構の甲田乃次氏が、「広帯域多チャンネル音声システム(WMAS)」の早期実現を目指して制度化の取り組みが進められていることを報告しました。具体的な認可時期は未定であるものの、前向きな動きがあることが示唆されました。

甲田氏は、日本におけるWMASの活用について、「単にWMAS導入だけでは十分ではないのです。やはり建築側でもホール等で電磁シールドフィルムなどの新素材を入れるなどの工夫をしてもらって、プロオーディオとして世界で最も周波数資源をうまく使っているのは日本だと、そう言われるようになってほしいですね」とコメントし、技術導入だけでなく、インフラ側の整備も重要であるとの見解を示しました。

ゼンハイザーが拓くワイヤレスオーディオの未来

ゼンハイザーが今回のイベントで発表した技術は、プロオーディオの世界におけるワイヤレス伝送の未来を大きく変える可能性を秘めています。EW-DXの1.2GHz帯対応モデルは、既存のナローバンドワイヤレスシステムの選択肢を広げ、より安定した多チャンネル運用を可能にします。SoundBaseは、メーカーの垣根を越えた周波数管理とワークフローの効率化を実現し、プロの現場の負担を大幅に軽減します。そして、WMAS技術を採用したSPECTERAは、限られた周波数帯域で圧倒的な多チャンネル伝送を可能にする、まさに未来のワイヤレスシステムの姿を示しています。

これらのイノベーションは、ライブイベントや放送スタジオ、大規模な会議システムなど、あらゆるプロフェッショナルな音響現場において、より高品質で効率的、そして信頼性の高いワイヤレスオーディオ環境を提供することを目指しています。特にWMASの日本での早期認可は、国内のイベント業界や放送業界にとって、運用効率と表現の幅を飛躍的に向上させる鍵となるでしょう。ゼンハイザーがもたらすワイヤレス伝送の世界の次のステップに、今後も注目が集まります。

こんな人におすすめ

  • 大規模なライブイベントや放送スタジオでワイヤレスマイクを多チャンネル運用する音響エンジニア
  • 複数のメーカーのワイヤレスシステムを統合的に管理し、効率化を図りたいPA会社やイベント制作担当者
  • 将来的なワイヤレスオーディオ技術の進化に関心があり、最先端のソリューションを導入検討しているプロフェッショナル

情報元:PRONEWS

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