ZEISSは、フルフレーム対応の2倍アナモフィックシネマレンズシリーズ「Horizon Anamorphic」を発表しました。この新シリーズは、レンズ本体にフォーカスおよび絞りモーターを内蔵し、さらに交換可能なルック調整用後部レンズを備えるなど、映像制作のワークフローと表現の可能性を大きく変える革新的な技術プラットフォームを特徴としています。これにより、映像クリエイターはより効率的かつ柔軟に、独自の映像美を追求できるようになるでしょう。
ZEISS Horizon Anamorphicレンズとは?革新的な設計思想
ZEISSが今回発表した「Horizon Anamorphic」シリーズは、同社が近年展開してきたシネマレンズの方向性から、明確な転換点を示す製品と言えます。これまでのミラーレスカメラ向け「Nano Primes」や大判カメラ向け「Panoptes 65」のような、光学的な個性を持つ単焦点レンズの新たなラインナップとは一線を画し、Horizonは「リファレンス・プラットフォーム」として位置づけられています。これは、モーター、メタデータ、そして様々なエコシステムとの互換性を一つのレンズボディに統合した、先進的な設計思想に基づいています。
ZEISSのシネマグラフィ事業部門責任者であるクリストフ・カゼナヴ氏は、このシリーズを「技術と洗練された人間味のある映像特性を融合させたもの」と表現しており、シネマ光学の新たな章を開くものとして期待を寄せています。単なる光学性能の追求に留まらず、現代の映像制作現場が求める効率性や柔軟性、そしてポストプロダクションとの連携を考慮した、包括的なソリューションとしてのレンズ開発が進められていることが伺えます。
フルフレーム2倍アナモフィックの映像特性
Horizonシリーズは、フルフレームに対応した2倍アナモフィックレンズです。これは、16:9やオープンゲートセンサー向けに普及している1.5倍や1.8倍といった比較的穏やかな圧縮率のアナモフィックレンズとは異なり、より顕著な水平圧縮を特徴とするクラシックなカテゴリーに属します。ZEISSはこの点を強調し、Horizonレンズが作り出す際立った楕円形のボケや、引き伸ばされたような独特の空間的奥行き感を、そのルックの核心としています。
アナモフィックレンズは、球面レンズとは異なる独特の映像表現を可能にします。特に2倍圧縮のレンズは、横方向に圧縮された画像を撮影し、ポストプロダクションで縦方向に引き伸ばすことで、映画的なワイドスクリーン比率(通常2.39:1や2.40:1)を実現します。このプロセスにより、画面の上下に黒帯(シネマスコープ)が入り、被写界深度が浅くなり、ハイライトが横方向に伸びる「アナモフィックフレア」や、特徴的な楕円形のボケ味が生み出されます。これらの特性は、特に映画制作において、感情豊かで没入感のある映像表現に貢献します。
光学設計は「ニュートラルなベースライン」を中心に構築されているとZEISSは説明しています。これは、レンズが特定のフレアや収差といった「ヴィンテージ・アナモフィック」のトレンドを強要せず、フィルターやLUT(ルックアップテーブル)、様々な照明手法によってクリエイターが自由にルックを調整できることを意味します。このニュートラルな特性は、歪みが少なく、色再現が安定し、収差が最小限に抑えられているため、クリーンなキーイング、トラッキング、CG統合が求められるVFXを多用する作業において特に有利に働くでしょう。
映像表現を広げる「交換可能なルック調整用後部レンズ」
Horizon Anamorphicレンズの最も特徴的な機能の一つが、オプションで提供される「交換可能なルック調整用バックエレメント」です。ZEISSはこれを、独自の光学モジュールとして説明しており、ZEISS Interchangeable Mount System(IMS)を介して装着されます。わずか8本のネジを交換するだけで、レンズのシャープネス、コントラスト、そして全体的なキャラクター(個性)を変更できるという画期的な機能です。
このシステムの重要な点は、バックエレメントを交換した後も、レンズのスケール精度とキャリブレーションが維持されることです。つまり、異なるルックに調整するためにレンズを交換しても、現場でレンズの再リギングや再マッピングといった手間のかかる作業が不要になります。これにより、撮影全体を通じて単一の光学特性に縛られることなく、クリーンなベースラインの映像と、より個性的な描写の映像を、必要に応じて素早く切り替えることが可能になります。例えば、あるシーンではクリアで現代的なルックを、別のシーンではよりソフトでヴィンテージ感のあるルックを、同じレンズセットで実現できるため、クリエイティブな柔軟性が飛躍的に向上します。
この機能は、特に長期間にわたる撮影や、複数の異なるルックが求められるプロジェクトにおいて、制作の効率化とクリエイティブな自由度を両立させる強力なツールとなるでしょう。映像監督や撮影監督は、撮影現場で映像のトーンや雰囲気を細かく調整できるため、より意図通りの映像表現に近づけることが可能になります。
ワークフローを変革する「内蔵モーターと統合メタデータ」
Horizon Anamorphicシリーズにおけるもう一つの大きな構造的変化は、レンズ本体への機能統合です。極めて静音性の高いフォーカスおよびアイリスモーターがレンズ本体に直接組み込まれており、これにより外部のフォーカスやアイリスモーターが不要となります。ZEISSによると、これらの内蔵モーターはシリアルまたはLBUS接続を介してARRIおよびPreston LCSシステムと互換性があるため、既存のレンズ制御ワークフローにスムーズに組み込むことが可能です。
この内蔵モーターの利点は多岐にわたります。まず、外部モーターの取り付けや調整にかかる時間を削減し、セットアップを迅速化できます。また、ケーブルの配線が減ることで、リグ全体がシンプルになり、軽量化にも貢献します。特にジンバルやドローン、ハンドヘルド撮影など、機材の取り回しが重要な場面で大きなメリットとなるでしょう。さらに、モーターの静音性は、繊細な音声収録が求められる現場において、ノイズの発生を抑える上で非常に重要です。
レンズ本体には、工場出荷時にキャリブレーションされたアブソリュートエンコーダーが搭載されており、すべてのレンズスケールがレンズ本体内に保存されます。ZEISSはこれを「単一かつ一貫性のあるメタデータソース」として位置づけています。この実用的なメリットとして、セットアップを切り替える際に、現場で慣れ親しんだスケールの再マッピングやモーターの再取り付けといった作業が不要になります。これにより、撮影現場でのレンズ交換がより迅速かつスムーズに行えるようになり、貴重な撮影時間を有効活用できます。
また、レンズバレルにはデュアルディスプレイとタッチパネルが搭載されており、オペレーターやフォーカスプラーはレンズ本体で直接、素早いフォーカスやアイリスのチェックを行えます。カゼナヴ氏は、Horizonを「レンズモーター、データ、エコシステム互換性を統合し、より迅速なエンドツーエンドの制作ワークフローを実現するリファレンスプラットフォーム」と説明しており、制作プロセス全体の効率化を目指していることが明確に示されています。
CinCraftエコシステムとの連携
この統合の取り組みは、ZEISSのより広範な「CinCraftエコシステム」と見事に調和しています。同社は、リアルタイムのカメラトラッキング用ソフトウェア「CinCraft Scenario」や、ポストプロダクションでのレイトレーシングによるレンズルックを実現する「CinCraft LensCore Nukeプラグイン」など、eXtended Dataメタデータレイヤーをソフトウェア分野へと着実に拡張してきました。一貫したメタデータを保存・出力するHorizonシリーズは、このデジタルワークフローの方向性に完璧に合致しており、撮影からポストプロダクションまでシームレスな連携を可能にします。
eXtended Dataは、レンズの歪み、シェーディング、焦点距離、絞り値などの詳細な情報をリアルタイムで記録するメタデータシステムです。これにより、VFX制作において、レンズの特性を正確に再現したCGを合成したり、レンズの歪みを補正したりすることが容易になります。Horizon AnamorphicレンズがこのeXtended Dataを標準でサポートすることで、特にVFXを多用する現代の映画制作において、大幅な効率化と品質向上が期待できるでしょう。
スペックと互換性:広範な制作環境に対応
Horizon Anamorphicシリーズは、7本の焦点距離で構成されており、すべてのレンズにLPLマウントが採用されています。LPLマウントは、大判センサーに対応するためにARRIが開発したマウント規格で、より大きなイメージサークルと短いフランジバックが特徴です。これにより、フルフレームセンサーを搭載した最新のシネマカメラとの互換性が確保されます。
また、フロント径はすべてのレンズで114mmに統一されています。この統一されたフロント径は、マットボックスやフィルターなどのアクセサリーを焦点距離ごとに再調整する必要がないため、撮影現場でのレンズ交換をさらにスムーズにします。ZEISSによると、この設計により、ハンドヘルド、ジンバル、ドローン、クレーン、カーリグといった多様な撮影環境においても、バランスの取れた運用が可能になるとのことです。
焦点距離のラインナップは35mmから200mmまでをカバーしており、広角から望遠まで幅広い撮影シーンに対応できます。具体的には、35mm、40mm、50mm、75mm、100mm、150mm、200mmの7本が用意される予定です。
明るさに関しては、フルフレーム対応セット全体でT2.3という明るい開放値を維持し、200mmのみT2.9となります。これはフルフレーム用2倍アナモフィックレンズとしては非常に明るい部類に入り、厳しい照明条件下でも浅い被写界深度を維持し、美しいボケ味を生み出すことが可能です。低照度下での撮影や、被写体を背景から際立たせたい場合に、この明るさは大きなアドバンテージとなるでしょう。
ZEISSは、将来の拡張をサポートするために設計された内蔵プロセッシングとオンボードメモリについても言及しています。より広範なエコシステムとの互換性、拡張されたメタデータ機能、そして将来的なオートフォーカス統合の可能性が挙げられていますが、これらは現時点では将来展望であり、発売時の機能ではないとされています。しかし、今後のファームウェアアップデートや新モデルで、さらなる機能拡張が期待されます。
競合製品との比較:シネマレンズ市場におけるHorizonの立ち位置
ZEISS Horizon Anamorphicレンズは、その革新的な機能と設計思想により、既存のシネマレンズ市場において独自の立ち位置を確立しようとしています。特に、内蔵モーターと交換可能なルック調整用後部レンズという特徴は、競合製品との差別化において重要な要素となります。
ZEISS Master Anamorphicとの比較
ZEISSは既に、シネマ業界で高い評価を得ている2倍アナモフィックレンズ「Master Anamorphic」シリーズを展開しています。Master Anamorphicは、その優れた光学性能、低ディストーション、色再現性で知られており、多くのハリウッド作品で使用されてきました。Horizon Anamorphicは、Master Anamorphicの光学的な品質を受け継ぎつつ、さらに現代のデジタルワークフローに最適化された機能を追加しています。
主な違いは、Horizonが内蔵モーターと交換可能なルック調整用後部レンズを統合している点です。Master Anamorphicは外部モーターの使用を前提としており、ルックの変更は通常、異なるレンズセットやフィルター、ポストプロダクションでの処理に依存します。Horizonはこれらの機能をレンズ本体に組み込むことで、現場でのセットアップ時間短縮、リグの簡素化、そしてクリエイティブな柔軟性の向上を実現しています。これにより、Master Anamorphicが提供する最高峰の光学性能に、現代的なワークフローの効率性を融合させた、次世代のアナモフィックレンズと言えるでしょう。
他社アナモフィックレンズとの比較
シネマ用アナモフィックレンズ市場には、ARRI/Fujinon Premier Anamorphic、Cooke Anamorphic/i、Atlas Orionなど、多くの優れた製品が存在します。これらのレンズもそれぞれ独自の光学特性とルックを提供しており、クリエイターの選択肢は豊富です。
ARRI/Fujinon Premier AnamorphicやCooke Anamorphic/iは、その美しいボケ味とフレア、そして堅牢な作りで知られています。Atlas Orionは、比較的手頃な価格でアナモフィックルックを提供し、インディーズ映画制作者にも人気があります。しかし、これらのレンズの多くは、フォーカスやアイリスの調整に外部モーターを必要とします。Horizon Anamorphicの内蔵モーターは、この点で大きなアドバンテージとなり、特に限られたスペースや迅速なセットアップが求められる現場での運用を簡素化します。
また、交換可能なルック調整用後部レンズという機能は、現時点では他のアナモフィックレンズには見られないユニークな特徴です。これにより、一つのレンズセットで多様な映像表現を可能にし、クリエイターの表現の幅を大きく広げます。VFXとの親和性を高めるeXtended Dataメタデータの一貫性も、現代のポストプロダクション主導の制作において、Horizonを強力な選択肢としています。
価格についてはまだ発表されていませんが、ZEISSのシネマレンズとしての位置づけや、搭載されている先進的な技術を考慮すると、ハイエンドな価格帯になることが予想されます。しかし、その機能性とワークフロー効率化のメリットを考慮すれば、プロフェッショナルな映像制作現場にとっては、十分な投資価値がある製品となるでしょう。
想定される活用シーンとユーザーメリット
ZEISS Horizon Anamorphicレンズは、その革新的な機能により、様々な映像制作の現場で大きなメリットをもたらすことが期待されます。
- 映画・ドラマ制作: 映画的なワイドスクリーン比率、特徴的なボケ味、フレアは、映画やドラマの没入感を高める上で不可欠です。Horizonのニュートラルな光学設計は、監督や撮影監督が意図するルックを自由に作り込むことを可能にし、物語の感情表現を豊かにします。特にVFXを多用する大作映画では、eXtended Dataによる正確なメタデータが、CG合成の精度と効率を大幅に向上させるでしょう。
- CM・ミュージックビデオ制作: 視覚的なインパクトと迅速な制作が求められるCMやミュージックビデオでは、内蔵モーターによる迅速なセットアップと、交換可能なルック調整用後部レンズによる表現の多様性が大きな強みとなります。限られた時間の中で、様々なルックを試したり、カメラリグを素早く変更したりする必要がある場合に、Horizonの効率性は制作チームにとって非常に価値のあるものとなるでしょう。
- ドローン・ジンバル撮影: 軽量化とシンプルなリグ構築は、ドローンやジンバルでの撮影において極めて重要です。Horizonの内蔵モーターは外部モーターを不要にし、ケーブルの配線を減らすことで、これらの機材での運用を大幅に簡素化します。これにより、より安定した映像や、複雑なカメラムーブメントを容易に実現できるようになります。
- 小規模プロダクションから大規模プロダクションまで: 大規模な映画制作現場はもちろんのこと、限られた予算と人員で高品質な映像を目指す小規模プロダクションにとっても、Horizonは魅力的な選択肢となり得ます。一つのレンズセットで多様なルックを実現できる柔軟性や、撮影現場での効率化は、リソースが限られる環境で特に重宝されるでしょう。
総じて、Horizon Anamorphicレンズは、クリエイティブな表現の幅を広げると同時に、現代のデジタル映像制作におけるワークフローの効率化を強力に推進するツールとして、多くの映像クリエイターに貢献することが期待されます。
発売時期と価格
ZEISS Horizon Anamorphicレンズシリーズは、2026年6月5日から6日にかけて開催されるCine Gear Expo Los Angelesで初めて一般公開される予定です。
具体的な発売スケジュールとしては、まず40mm、50mm、75mmの3本の焦点距離のレンズが、2026年9月にZEISS認定シネマディーラーを通じて発売される予定です。その後、35mm、100mm、150mm、200mmの残りの焦点距離モデルが、2026年から2027年にかけて順次市場に投入される見込みです。
現時点では、ZEISSからHorizon Anamorphicシリーズの具体的な価格は明らかにされていません。しかし、その革新的な技術とハイエンドなシネマレンズとしての位置づけを考慮すると、プロフェッショナル向けの価格帯となることが予想されます。詳細な価格情報については、今後のZEISSからの発表が待たれます。
よくある質問
Horizon Anamorphicレンズはどのようなカメラに対応していますか?
Horizon AnamorphicレンズはLPLマウントを採用しており、LPLマウントに対応したシネマカメラで使用できます。LPLマウントは、ARRI ALEXA LFやMini LF、Sony VENICE、RED V-RAPTORなど、多くのフルフレーム対応シネマカメラに採用されています。また、アダプターを使用することでPLマウントカメラにも対応する可能性がありますが、公式情報での確認が必要です。
内蔵モーターのメリットは何ですか?
内蔵モーターの最大のメリットは、外部のフォーカス・アイリスモーターが不要になることです。これにより、カメラリグのセットアップが簡素化され、軽量化やケーブルの削減が実現します。特にジンバルやドローン、ハンドヘルド撮影など、機材の取り回しが重要な場面で、迅速なセットアップとスムーズな運用が可能になります。また、静音性の高いモーターにより、音声収録への影響も最小限に抑えられます。
交換可能なルック調整用後部レンズとは具体的にどのような機能ですか?
この機能は、レンズの後部にある光学エレメントを交換することで、レンズのシャープネス、コントラスト、全体的な映像のキャラクター(個性)を調整できるというものです。これにより、一つのレンズセットで、クリアで現代的なルックから、よりソフトでヴィンテージ感のあるルックまで、多様な映像表現を現場で実現できます。交換後もレンズのキャリブレーションが維持されるため、再リギングや再マッピングの手間が不要です。
価格はどのくらいになる見込みですか?
ZEISSはHorizon Anamorphicレンズの価格をまだ公表していません。しかし、ZEISSのハイエンドシネマレンズとしての位置づけ、フルフレーム対応、内蔵モーター、交換可能なルック調整用後部レンズといった革新的な機能を考慮すると、プロフェッショナル向けの非常に高価な製品になることが予想されます。詳細な価格情報は、今後の公式発表を待つ必要があります。
まとめ
ZEISSが発表した「Horizon Anamorphic」レンズシリーズは、現代の映像制作におけるワークフローとクリエイティブな表現の両面において、新たな可能性を切り拓く画期的な製品です。フルフレーム2倍のアナモフィック特性による映画的な映像美に加え、レンズ本体に統合されたフォーカス・アイリスモーター、そして交換可能なルック調整用後部レンズは、撮影現場での効率性を飛躍的に向上させ、クリエイターにこれまでにない柔軟性を提供します。
特に、eXtended Dataメタデータとの連携は、VFXを多用する制作において、撮影からポストプロダクションまでの一貫したデジタルワークフローを強力にサポートします。Horizon Anamorphicは、単なる光学機器に留まらず、現代の映像制作環境全体を最適化する「リファレンス・プラットフォーム」としての役割を担うでしょう。この新シリーズが、今後の映画、ドラマ、CM、ミュージックビデオなど、あらゆる映像コンテンツの表現にどのような影響を与えるのか、業界の注目が集まります。
情報元:CineD

