AI創薬が実現する「幻覚作用のない幻覚剤」、米新興企業が開発

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「幻覚作用の無い幻覚剤」を米スタートアップ企業が開発したと、米WIREDが報じています。
以下は記事の要約です。

概要

米国のバイオテクノロジー企業Terran Biosciencesが、人工知能(AI)を用いて、サイケデリック(幻覚剤)の持つ抗うつ効果を維持しつつ、幻覚作用を排除した新規化合物の開発に成功したと、科学雑誌「Nature」で発表した。
この成果は、AIによる創薬が新たな段階に入ったことを示すものであり、精神疾患治療の未来に大きな可能性を提示している。

AIが数10億の分子から探し出した「理想の化合物」

うつ病やPTSDに対する治療法として、シロシビンやLSDといったサイケデリックが注目を集めている。
これらの薬物は、脳の神経可塑性(ニューロン間の新たな結合を促す能力)を高めることで、持続的な抗うつ効果をもたらすと考えられている。
しかし、数時間に及ぶ強烈な幻覚体験(トリップ)を伴うため、専門家の監督下での投与が必要となり、治療へのアクセスが制限されるという課題があった。

Terran Biosciences傘下のAI創薬企業ConcertAIは、この課題を解決するため、独自のAIモデルを開発。
このAIは、サイケデリックが作用する脳内のセロトニン受容体「5-HT2A」に結合する化合物を探索するよう設計された。
重要なのは、神経可塑性を促進するシグナル伝達経路を活性化させつつ、幻覚作用を引き起こす別の経路は活性化させないという、極めて特定の条件を満たす分子を見つけ出す点にあった。

AIは、数十億もの膨大な候補分子の中から、この複雑な条件を満たす全く新しい構造の化合物を設計・特定することに成功した。
従来の手法では数年を要するプロセスを、AIは大幅に短縮した。

マウス実験で確認された有効性

このAIによって設計された新規化合物は、マウスを用いた実験でその有効性が試された。
その結果、従来の抗うつ薬やサイケデリックと同様に、ストレスにさらされたマウスのうつ病様行動を改善させることが確認された。
一方で、幻覚作用の有無を測る行動指標である「首振り反応」は引き起こさなかった。

これは、サイケデリックの治療効果の核心である神経可塑性の促進と、副作用である幻覚作用を、分子レベルで切り離せる可能性を初めて実証した画期的な成果である。

今後の展望

今回の研究はまだ初期段階であり、人間での安全性と有効性が確認されるまでには、今後数年にわたる臨床試験が必要となる。
しかし、AIを用いてゼロから(de novo)治療薬候補を設計し、その有効性を動物実験で示した本研究は、精神疾患治療における大きなブレークスルーとなりうる。

幻覚作用を伴わないサイケデリック由来の治療薬が実現すれば、患者は自宅で服用できるようになり、精神医療へのアクセスは飛躍的に向上する可能性がある。
AI創薬が、これまで治療が困難だった精神疾患に新たな光を当てる時代の到来を予感させる。

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